第0章「痒がる動物を1頭でも多く救いたい」

私は獣医学の中でも特に皮膚科学に興味があり、娘がアトピーだったこともあり特にアレルギー性皮膚疾患に対する興味が強くなりました。

日々臨床現場で診療をこなすに連れて、標準治療だけではどうしても痒みを制御できないアレルギー症例に遭遇し、どうしたらもっとよい治療ができるか?を自問自答する日々を過ごしてきました。アレルギー性皮膚疾患の症状は、痒み、炎症、脱毛、外耳炎など多岐にわたっており、動物のQOL(生活の質)を著しく低下させる要因になっています。

実際の治療はステロイド剤などの免疫抑制剤が主流になっていますが、長期間の使用による肝障害や副腎の機能低下など副作用の問題があるため、安全性が高く免疫機能を整えるための根治療法が求められています。

できるだけ薬物に頼ることなくアレルギー性皮膚炎の症状をコントロールしたいという飼い主様のニーズも後押しして、薬物中心の対症療法だけではなく根治療法ができないかという思いがドンドン湧いてきました。

そこで東京動物アレルギーセンターでは皮膚科疾患の中でも特に多く遭遇する犬と猫のアレルギー性皮膚疾患に”治療の羅針盤”の照準をあわせ、ブレることなく面舵いっぱい切りました。

そんな中、猫アトピー性皮膚症候群の飼い主さんから「先生、この子に健康な猫のウンチを食べさせる治療をしてもらえませんか?」という提案をもらったことがきっかけで犬と猫のアトピー性皮膚炎に対して健康な個体のウンチを食べさせるという糞便移植を臨床現場で行いました。

さらにアトピー性皮膚炎の犬に健常犬なウンチを移植した研究論文(犬のアトピー性皮膚炎に対する単回経口糞便微生物叢移植のパイロット評価:scientific repots,2023)で腸壁に住む細菌たちが、“皮膚の痒み”を解決するキープレイヤーである可能性が極めて高そうだということを証明しました。

第1章「その痒みの根本的な原因を取り除くことはできないだろうか?」

腸内細菌叢の乱れと様々なアレルギー疾患との関連性が数多く報告されております。その中で乳児アトピー性皮膚炎に罹患した乳幼児の糞便では、ビフィドバクテリウム属やラクトバチルス属の乳酸菌が少ないことが明らかになっており、腸内環境を整えることが根本的治療になりうるのではないかと考えていました。

その後、腸内環境改善を改善するために幾つかプロバイオティクス(乳酸菌)の中からアレルギーを抑制するサイトカイン(IL-10)を誘導するかどうかを調べて選びに抜いた乳酸菌を、免疫細胞の70-80%が配備されている腸管(小腸)という主戦場に投与し、腸壁(大腸)に住む細菌たちアンバランス(不均衡)をチューニング(整頓)すると、免疫を抑制しないと制御不能だったはずの痒みが改善することを研究論文(犬アトピー性皮膚炎に対するケストースとラクトバチルスパラカゼイの臨床的効果)で証明しました。
口から入り胃を通過して腸管内を移動し、定住せず短期間だけ“宿泊”し、腸管の動きに合わせて移動しながら、その一瞬一瞬で任務を全うして勇敢に戦うエキサイティングなビフィズス菌や乳酸菌。

まだ絶対的正解はありませんが、実際に決定打となり裏打ちする研究結果がはっきりとそれを証明しています。
特に脅威となる皮膚のブドウ球菌や口腔内のグラエ菌に対して力ずくのアプローチ・抗菌薬による殺菌で有用菌まで無差別に攻撃することのないように静菌制御して、動物達の腸管内や皮膚表面に暮らす細菌たちの潜在能力に期待するとともに、一生懸命育てた菌の邪魔をしない世界を目指します。
その結果、腸内細菌の菌叢バランスを元に戻すことによって、目の前の動物のアレルギー症状がドラスティックに改善することがわかりました。

実際にヒト医療では血液を採取し、T細胞やナチュラルキラー細胞(NK)などの炎症性サイトカイン(IL-10)1)がより活性化するオーダーメイド乳酸菌を選んで経口投与もしくは経腸投与するという治療法が行われています。
具体的には、潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患、掌蹠膿疱症やシェーグレン症候群、アトピー性皮膚炎などの難治性皮膚疾患で臨床症状が改善するという報告がされています。
そこでアトピー性皮膚炎の犬に対してオーダーメイド乳酸菌の投与を獣医医療にも応用することにしました。

1)炎症性サイトカイン
炎症反応を促進する働きを持つサイトカインのことで、腫瘍壊死因子(TNF)、インターロイキン(IL)-1、IL-6、IL-8、ケモカインなどがあります。これらは、免疫に関与し、細菌やウイルスが体に侵入した際に、それらを撃退して体を守る働きがあり、疼痛や腫脹、発熱など、全身性、局所的な炎症反応の原因となっています。

第2章「治療法を多くの獣医師に知ってもらいたい」

日々の診療において、これまでの研究論文をベースに最終的に薬物に頼らずアレルギーの痒みを止めるというゴールに向けて、壊れた皮膚バリアと腸管バリアの強化を主軸に治療プランを組み立てています。

特に腸管バリアの修復には適切な食事管理に加え腸内細菌をチューニングすることに情熱を燃やしています。実際に臨床現場の最前線で、有効だと証明された乳酸菌を与え、その菌を育てる難消化性オリゴ糖を与え、腸管内に住む細菌のアンバランスを元に戻すと痒みが止まる動物たちを目の前でみて、やはりそのキープレイヤーとなるのは菌だと感じています。

さらにいくつかある腸管内の環境を乱す存在の1つが口腔内細菌であり、ヒト医療とは異なり動物たちが皮膚患部を舐めることにより口腔内の細菌(特にグラエ菌)が皮膚表面や腸管内へ悪影響を与えることが懸念されます。
併せて皮膚で脅威となるブドウ球菌に対して抗菌薬を使うことなく制御することに加え、壊れた皮膚バリアの強化のためにタラソテラピーを併用します。

そして、最近では血管バリア機能を強化することが重要と感じています。アレルギー疾患の大きな原因は、血行不良にあります。白血球などの免疫が、十分に細胞に届かない場合にアレルギー症状が出ます。そこで、血管の機能強化になるポリフェノールを活用します。

「痒がる動物を1頭でも多く救いたい」、その強い想いを実現するために、腸管、皮膚、口腔、血管をターゲットにしたマルチモーダル治療を軸とした独自の持論をカワノメソッドとして体系化し、何とか治したいと臨床で戦っている獣医師の方々に知ってもらうために、公開することにしました。

第3章「これからも戦い続けます」

アトピー性皮膚炎に対して瞬時に痒みをチャラにしてくれるステロイドを中心とした免疫抑制剤は、cAD(犬アトピー性皮膚炎)治療のゴールドスタンダードで、まさに人類を救うサンダーバード(国際救助隊)か、はたまたウルトラマン(地球防衛軍)のような必要な貴重な存在です。

一方で、「免疫抑制剤を使わないで痒みを止めたい」という飼い主さんの不安とニーズから生まれた難易度の高い要望に応えるため、先行き不透明な暗中模索の中、努力に裏切られても上等だという覚悟で行った「アトピーのワンちゃんや猫ちゃんに健康なウンチを食べさせる」というマッドサイエンスである”糞便移植”や「100頭以上のわんちゃんの血液からどの乳酸菌が有効かを判断する”オーダーメイド乳酸菌アプローチ。

その結果から生まれたカワノメソッドをリュックに詰め込み、何も出来ずにウンチとして散っていった戦友(腸内細菌)の無念を背負って、地図もコンパスもないけど、自分の思いという”燃料タンク”にジェット燃料満タンにしてアトピー性皮膚炎に苦しむ動物たちのために必要としてくれる存在のために及ばずながら戦い続けていきたいと思っています。