犬アトピー性皮膚炎の治療
アトピー性皮膚炎の発症要因
アトピー性皮膚炎は、様々な要因が複合して発症します。皮膚という戦場で、ブドウ球菌(皮膚に生息する菌の一種)の出す毒素が表皮バリアに壊滅的なダメージを与えます。さらにそこから花粉やダニのウンチといったアレルゲン(アレルギーの原因物質)が皮膚表面から体内に侵略します。この、アレルゲンと免疫細胞たちとの熾烈なバトルがアトピー性皮膚炎です。
Th2細胞1)(ヘルパーT細胞のひとつ)がアトピー性皮膚炎の主犯格であり、皮膚で暴れる<暴走族>のような存在だと思ってください。
本来はしっかりと機能しているはずの皮膚バリアが、何らかの理由で壊れます。
破壊された皮膚バリアから、本来侵入することがない花粉やダニなどのアレルゲンが皮膚から侵入し、アトピー性皮膚炎の炎症となります。
異物に反応したTh2細胞<暴走族>が暴れ、IL-31(インターロイキン31)2)というかゆみの原因となる物質を分泌します。IL-31はかゆみ神経を通じて、犬の脳に「かゆい」という指令を送ります。
犬は脳からの指令で皮膚を引っ掻き、その結果また皮膚バリアがさらに壊れて、花粉やダニが侵入してTh2細胞が暴走するというサイクルを繰り返します。
一般的には、かゆみの原因=IL-31がアトピー性皮膚炎を引き起こすとされていますが、その前段階にも原因はあるのです。
通常の治療では、かゆみ物質であるIL-31の働きを止める薬物を与え、」多くの動物たちのかゆみがこの薬物で解放されています。
しかしながら、投薬をやめると、かゆみが再発してしまったり、長期的に薬物を飲ませるとによる肝臓への負担、免疫力の低下、皮膚が薄くなるなどの副作用があり、飼い主様にとっては悩ましい問題 です。
1)Th2細胞:ダニやカビ、花粉などのアレルゲンに反応し、B細胞を活性化させて、抗原を退治するため抗体をつくる
2) IL-31:病原体に対する細胞介在性免疫の誘発を助ける炎症性サイトカインで、アトピー性皮膚炎を含む多くの慢性炎症性疾患の主要なプレーヤーとして特定されている
犬アトピー性皮膚炎の薬物治療
International Cmmittee on Allergic Diseases of Animals(ICADA)
cADの治療ガイドライン2015(動物アレルギー疾患国際委員会)
犬アトピー性皮膚炎(cAD)に対する国際的な診療ガイドラインは,2015 年にCommittee on Allergic Diseases of Animals から発表されましたが、日本と諸外国における獣医療の違いから,本ガイドラインはわが国の臨床実態を完全には反映していません。
そこで、日本獣医皮膚科学会では,cAD に対する治療効果を評価できるバイオマーカーの確立と重症度の新規評価法の確立を重要課題として、ガイドライン策定に向けて学会主導で臨床研究が行われています。(朝比奈ら,獣医臨床皮膚科,25 (2): 69–76, 2019)
cADの治療ガイドライン2015
項目 | 内容 | 急性期 | 慢性期 | 予防 |
悪化因子の同定と除去 | 細菌・真菌・寄生虫感染の制御 | ✔ | ✔ | |
除去食 | ✔ | ✔ | ||
環境アレルゲンの特定 | ✔ | |||
環境アレルゲンの回避 | ✔ | ✔ | ||
皮膚と剃毛の衛生状態の管理と向上 | 低刺激シャンプー | ✔ | ✔ | |
皮膚軟化剤 | ✔ | ✔ | ||
薬物を用いた掻痒と病変の改善 | 糖質コルチコイド(内服、外用) | ✔ | ✔ | |
シクロスポリン | ✔ | |||
オクラシチニブ(LAK阻害剤) | ✔ | ✔ | ||
IFN-γ | ✔ | |||
症状の再燃を予防 | アレルゲン特異的免疫療法 | ✔ | ||
プレドニンのプロアクティブ療法 | ✔ |
2015年版ガイドラインに基づいた犬アトピー性皮膚炎治療(Olivry T,Banovic F,Vet Dermatol.2019 Apr;30(2)87-90)
病型 | 急性型 | 慢性型 |
皮疹
|
原発疹(紅斑, 丘疹, 膨疹または表皮剥離など)が主体の皮疹 | 続発疹(苔癬化または色素沈着など)を含む皮疹 |
経過 | 臨床経過が短い(1-2週間程度) | 臨床経過が長い(1ヶ月-数年) |
皮疹の数 | 局所性(<3ヶ所) | 局所性(<3ヶ所) |
<急性型cAD治療>
- 原因抗原の回避および悪化因子の除去
- 皮膚や被毛の衛生環境の改善
- 投薬による瘙痒と皮膚炎の軽減
低刺激性シャンプー【SOR: B】抗ヒスタミン剤【SOR: C※軽度の場合】
グルココルチコイド内服【SOR: A】オクラシチニブ内服【SOR: A】
外用グルココルチコイド【SOR: B ※軽度かつ局所の場合】
必須脂肪酸/カルシニューリン阻害剤【いずれも不適】
<慢性型cAD治療>
- 原因抗原の回避および悪化因子の除去
- 皮膚や被毛の衛生環境の改善
- 投薬による瘙痒と皮膚炎の軽減
低刺激性, 皮膚軟化, 抗脂漏性,消毒性シャンプー(週1回) 【SOR: C】必須脂肪酸【SOR: C】
外用グルココルチコイド【SOR: C】外用タクロリムス【SOR: C ※皮膚萎縮がある場合】
グルココルチコイド内服【SOR: A】クラシチニブ内服【SOR: A】シクロスポリン内服【SOR:A】
組替え型イヌインターフェロン-γ【SOR: A】組替え型ネコインターフェロン-ω【SOR: B】
<症状の再燃予防>
- 原因抗原の回避
- プロアクティブ局所的薬物療法
- 抗原特異的免疫療法(減感作療法)
以前皮疹があった部位にコルタバンス週二日の連続塗布【SOR: B】
その他の外用グルココルチコイド【SOR: C】
< 推奨度(SOR)>
A=一貫性があり、良質な患者志向のエビデンスに基づく |
川野獣医師の学術論文(原著)
- 川野浩志、小沼 守、関口麻衣子.(2009): タクロリムス軟膏を使用した犬の無菌性化膿性肉芽腫/ 肉芽腫症候群の1 例. 獣医臨床皮膚科.15(2):89-90.
- 小沼守, 川野浩志.(2010):AHCCを投与した犬の4例.In:小動物臨床.172:11-15.
川野浩志.(2011): 食物アレルギーの1症例におけるリンパ球反応検査の値の推移.獣医アトピー・アレルギー・免疫学会誌.1(1):16-20. 獣医アトピー・免疫学会HP - 川野浩志、石川剛司、圓尾拓也、並河和彦、信田卓男(2012): Effect of Hypofractionated Low-total-dose Radiotherapy in a Dog with Pituitary-dependent Hyperadrenocorticism.獣医臨床皮膚科.18(1):23-27.
- possible involvement of lymphocyte responses of food allergens in dogs with atopic-like dermatitis. Veterinary Dermatology Special Issue.2012
- K,. Kawano, K. Oumi, Y. Ashida, Y. Horiuchi, and T. Mizuno The prevalence of dogs with lymphocyte proliferative responses to food allergens in canine allergic dermatitis. Polish Journal of Veterinary Sciences Vol. 16, No. 2 (2013), 323-332
- A case with atopic-like dermatitis suspected food allergy. Journal of Atopy, Allergy, and Immunology in Veterinary Medicine Vol.4 No.1 December 2014.Vol.4(1):11-15.
- A pilot study of the effect of pullulan-conjugated Der f 2 allergen-specific immunotherapy on canine atopic dermatitis. Vet Dermatol. 2017
- Prevalence of food-responsive enteropathy among dogs with chronic enteropathy in Japan. Journal of Veterinary Medical Science May 2016
- Oral faecal microbiota transplantation for the treatment of Clostridium difficile-associated diarrhoea in a dog: a case report BMC Veterinary Research 2018
- アトピー性皮膚炎update 犬アトピー性皮膚炎改善に適したシンバイオティクス治療の提唱(Proposal of appropriate symbiotics for improving canine atopic dermatitis)川野 浩志・栃尾 巧 アレルギーの臨床 41(1) 551 2021.
- 犬アトピー性皮膚炎の新規治療方法に関する提言~医学的視点導入の重要性~Proposal for new treatments in canine atopic dermatitis-Importance of introducing the medical perspectives other than veterinary medicine-川野 浩志・栃尾 巧 アレルギーの臨床 42(1) 2021.